蕗狩軽便図画模型工作部日記

ー シュレマル工房 覚え書き ー

はんだ付けに使う各種フラックス、ペーストの特徴整理 & はんだ、ロウの語源その他余談です

鉄道模型のはんだ付けのフラックスとして、塩化亜鉛水溶液とペーストとどちらが良いのかという話題ですが、ハンダの流れの良さや作業後の腐食防止のための洗浄などが問題になっているようです。

蕗狩軽便図画模型工作部シュレマル工房としては、 はんだ付けフラックスのこと、突沸のことその他あれこれです “および“はんだ付けのハンダの流れやすさのこと - 蕗狩軽便 図画模型工作部日記”という記事をアップしていますが、改めて自分の覚え書きとして、模型趣味レベルで手に入りやすく模型工作や電子工作などで使用されているハンダ付け用フラックス、ペーストについて整理してみました。

なお、一般的には溶液状のものをフラックスと言って、ペーストと区別していますが、どちらもろう付け促進剤、つまり本来の意味ではフラックスなので注意が必要です。

基本的にフラックスは金属表面の酸化被膜を継続して除去できるものならなんでも良く、塩化亜鉛水溶液が多く使われるのは入手しやすく安価で取り扱いも比較的容易安全だったからだろうと思います。ただし金属を腐食するので作業後の洗浄が必須です。

普通に手に入れられるフラックスやペーストは塩化亜鉛と塩化アンモニウムを成分としているものが殆どで、塩化亜鉛は金属酸化被膜除去剤、塩化アンモニウムは金属の酸化防止と金属同士の濡れつまりはんだ合金反応の促進剤として機能します。

塩化亜鉛、塩化アンモニウムをワセリン等の基材に練り込んだペーストは取り扱いの容易さと使い勝手を求めてつくられたのでしょう。水分がほとんどなく作業後拭き取れば腐食もそれほど問題にならないということだと思います。

松ヤニ(ロジン)フラックスペーストは主に板金やステンドグラスなどでの作業で使われています。もともとは松ヤニを獣脂や蜜蝋などに混ぜ溶かして作られ、使い勝手が良く、常温では活性化しないので腐食の危険が無く作業後の洗浄も特に必要ありません。ただし性能向上のために活性剤を加えている場合は原則洗浄が必要になります。

ハンダがよく流れる効果は、主にフラックス基材による接合面への展開および活性化したロジンや配合される樹脂、活性剤による溶融ハンダの表面張力低下により齎されるものなので、そういう機能を意図した製品でない限り特に期待できないと思います。

ロジンフラックスには溶剤で溶かしたものもあって電子基盤用のフラックスとして使用されています。これは基盤に塗布し乾燥後に作業を行う使い方も出来ます。作業後の洗浄は必要なく、樹脂が保護膜となって金属面の酸化を防ぎます。

なお、ロジンフラックスであっても、溶液タイプ、ペーストタイプにかかわらず、活性剤を含むものは腐食作用があるので原則洗浄が必要です。

以下、模型工作趣味レベルで普通に手に入るフラックスの特徴整理です。

塩化亜鉛水溶液

/ハンダの濡れ、流れ良/突沸して飛び散りやすい(飽和水溶液は沸点がハンダ溶融温度より高く飛び散らない)/腐蝕するので作業後洗浄必須/

塩化亜鉛/塩化アンモニウム  水溶液タイプ

/ステンレス用フラックスとして販売/その他、塩化亜鉛水溶液に同じ/

塩化亜鉛/塩化アンモニウム  ペーストタイプ

/一般工作用として販売/取り扱いやすく使い勝手が良い/ハンダの濡れ、流れ普通/飛び散らない/作業後拭き取りで腐食抑制可だが塗装前油分除去と併せ洗浄/

松ヤニ(ロジン)ペーストタイプ

/主にステンドグラス用として販売/取り扱いやすく使い勝手が良い/ハンダの濡れ、流れ普通/飛び散らない/洗浄必要無し(強い活性剤を含むものは腐食作用があるので洗浄が必要)/黒染めや塗装前油分除去と併せ洗浄/

松ヤニ(ロジン)溶液状タイプ

/主にプリント電子基盤用として販売/ハケ付き瓶入り等取り扱いやすく使い勝手が良い/ハンダの濡れ、流れ普通/飛び散らない/洗浄必要無し(強い活性剤を含むものは腐食作用があるので洗浄が必要)/

 

追記(余談);

松ヤニフラックスペーストは、接ぎ木に使う“接ぎ蝋”とほぼ成分が同じで、松ヤニと獣脂、蜜蝋、櫨蝋を合わせてつくります。伝統工芸分野のロストワックス技法の蝋型にも同じように松ヤニと蝋を合わせたものが使われるようです。

もちろん成分の配合割合は違いますし、松ヤニに求める役割も違いますが、偶然とはいえ同じ材料でできたものをまったく違った目的に使用する例としてなかなか興味深いと思います。

接ぎ木の場合、溶かした接ぎ蝋を接ぎ穂と台木を接いだ部分に塗布する作業を“ろう付け”と言います。金属のロウ付けもこの言葉から来ているのではいかと思いついて、いつものようにちょっと調べてみました。

まずは“ろう”を広辞苑で引いてみます。(広辞苑の語釈はこういう自然科学系には強く、信頼できます。)

ろうラフ (wax)高級脂肪酸と高級1価アルコールとのエステル。動物体または植物体から固体もしくは液体として採取される。加熱すれば融け、燃えやすい。精製したものは白色無臭。「―をひく」

ロウ付けのロウの方は、

ろう‐づけ鑞付けラフ‥ 鑞で金属製品を接合すること。鑞接。日葡辞書「ラウヅケヲスル」

ろうラフ 溶融しやすく、金属材を接合するのに用いる合金。半田はんだの類。

とありました。

同じ“ろう”でも、どうやら出自、語源が違うようです。

もう少し調べたら、ロウ付けのロウの語源は、中国語のラオや、ドイツ語のはんだを意味するLOTからだとする説があることがわかりました。

ついでに、はんだの語源は、福島県半田鉱山かマレー諸島のBANDA島だと言われているがどちらも錫鉱山ではないので信憑性が薄く、中国語で軟質ろう材を意味するハンラが訛ったものとも考えられるが古くは鎔鑞(ロンラ)と言われていたのでこれも怪しく、錫と鉛の混合比がほぼ「半々だ」が半田になったというのが一番本当らしいということでした。

こういう技術用語、専門用語というのは、なぜそういうのか理由や語源がわからないものが多くて、新しく聞くたびにおもしろく、こうしていろいろ調べるのが楽しくてなりません。

 

追記;

参考文献    佐々木信博: はんだのぬれ性について, HYBRID, 1992年8巻2号 p.21-27

追記その2;

フラックスがはんだの表面張力を下げるという言い方ですが、濡れ性を高める接触角の理屈を直観的にわかりやすく説明するのに表面張力を使うのは吝かでは無いぞという論文を見つけました。面白いです。

高田保之,「ぬれと表面張力」, 伝熱学 ・熱流体力学における 『のどの小骨』を流し込む, Jour.HTSJ,Vol.43,No-178

追記その3;

ロジンペーストにより緑青の発生が見られると言う話を聞きましたが、ステンドグラスでの半田付け作業の前後に関わらず活性剤を含まないロジンペーストが原因と考えられる緑青発生については不勉強ながら確認していません。情報源をご教示いただければ幸いです。

また、アンモニア臭については、自身の嗅覚に問題があり正確に確認できておらず触れませんでした。家内にはアンモニア臭そのものがわからないということかもしれませんが、もう一つはっきりとは確認できないようです。通常アンモニア臭を刺激臭として感じるのでしょうか?

塩化亜鉛塩化アンモニウムペーストについては、これまでの経験上綺麗に拭き取っていれば電気配線であってもよほどの長期間かつ常に水に濡れる等の影響が無い限りほぼ腐食は見られないので原文の表現とし、鉄道模型の場合は塗装時等に必然的に洗浄されることで良しとしています。