シュレマル工房図画工作日記

ー 蕗狩軽便鉄道めもらんだむ ー

窓ガラスに目隠しシートを貼りました

とても狭い建て込んだ住宅地なので、お隣の窓がすぐ近くにあってお互いに視線が気になります。

なのでずっとカーテンを閉めっぱなしだったのですが、窓ガラスに貼り付ける目隠しすりガラスシートというDIY商品があるのを知って、試してみました。

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粘着シートを綺麗に貼るのはとても難しくてあちこちに気泡や皺ができてしまいました。でもまあ気にしないことにします。

効果はもう呆れるくらいです。光がふんだんに差し込む状態で視線が遮られて、空も見えるし、なんと明るい部屋だったんだろうと驚いてしまいました。

 もっと早く知っていたらすごく快適だったのにと思うとちょっとだけ悔しい気分ですが、これからずっと気持ちよく暮らせるのが嬉しいです。

簡易ボール盤を24Vモーターに換装

ひと回り大きな24Vモーターの直径が、リュータースタンドの取り付け穴よりも少し大きかったので、スイッチと電源ジャック付きのアダプターを3Dプリンターでつくって取り付けました。

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モーターシャフトは直径5ミリなので、キーでチャックを締め付ける際に力がかかって曲がってしまわないかと気にする事もありませんし、なによりトルクが強くなりました。

振れは12Vモーターのセットでも十分問題ない範囲でしたが、さらに少なくなって大満足。

電圧12Vでは少し回転速度が遅かったので、電源アダプターを2個直列に繋いだら今度は速すぎ。資材部品ジャンクの山から16Vの電源アダプターを発掘して来て試してみたらなんとなくいい感じなので、これでいくことにしました。

12Vモーターのときはこんな感じでした。

sktrokaru.hatenablog.com

 

65年前のTMS「鉄道模型趣味」誌の記事って面白い

65年前のTMSの記事って面白いです。

たとえばこれ。

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なんと「大事なことなので2度言います」みたいな言い方はこの時代から使われていたのですね。

この記事、TTゲージという1/120のHOスケールとNスケールの間くらいの大きさでゲージが8ミリという規格を話題にした鉄道模型のスケール、ゲージ論争みたいなもののようです。この記事の2ヶ月前に掲載された記事への反論らしいのですが、元記事がないので中身がよくわかりません。

それにしても両開き誌面にぎっしりと細かい文字で、まるで同人誌の記事のような、気力体力能力労力情熱面子そして時間の壮大なる浪費を楽しんでいるとしか思えない雰囲気に感動してしまいます。 

ほかにもこんなのや、

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こんなのも。

f:id:sktrokaru:20210413110733j:plain今では考えられないような語り口の記事があちこちに顔を出します。

もちろん大半は今と変わらない大真面目なテイストの製作記事や実物参考、技術手法などの紹介記事が並んでいるのですが、ところどころこういう記事、文章に行きあたる度に、当時の鉄道模型趣味の雰囲気、楽しみ方の一端に触れられたような気がして、とても面白く愉快な気持ちを味合わせて貰えます。

 

でんしゃ線路のクッキー型をつくりました

電車線路のクッキー型をつくってみました。

直線と曲線のスタンプと抜き型です。

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いっぱい焼いて、繋げて遊べます。

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ハンドメイドマーケットのmineにアップしました。

minne.com

 

『マーダーボット・ダイアリー』読書開始 & AI(人工知能)などが主人公として登場するSFの話

久しぶりに書店でSFの文庫本を購入して読み始めました。

マーサ・ウェルズの『マーダーボット・ダイアリー』です。

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「人類が外宇宙に進出した遠未来を舞台に、クローン素材と非有機部品を複合した「構成機体」の人型「警備ユニット」である主人公=語り手が、彼女(といっても警備ユニットに性別はない)が契約関係にある人間たちを守るために奮闘する、テクノ・スリラー風味を加えた冒険アクション宇宙SFの大人気シリーズ」だそうです。

読み始めてすぐに、「確かにこれは好みかも。楽しめそう」と気を良くしました。

主人公は、おおざっぱなイメージとしては、映画『ブレードランナー』に登場するレプリカントや『エイリアン』に登場するビショップやアナリーのようなアンドロイドに武装戦闘能力とネット接続機能が備わった、意志と判断力を持つ高機能AIロボット(ただし機能や行動を制御制限する統制モジュールの自己ハッキングによって暴走=自由意思による自律的行動が可能になっている)で、物語的には、私みたいなどこにでもいるただのSF好きに馴染みのある設定なのが功を奏しているのかもしれません。

こういう、自意識を持つ人工知能を備えたロボットやアンドロイドという設定は昔も今も大人気で、映画やアニメにもよく登場します。やはり人間的なドラマを作りやすいからなのでしょう。

少し前は、アーマードパワードスーツのような戦闘用機械としてのロボットやコンピューターネット・サイバー空間をメインにしたSFが大流行りだったような気がするのですが、またこういう実体のあるAIロボットやアンドロイドの物語が復活してきているのかもしれません。

愛と涙と感動の喜怒哀楽にあふれた情緒的人間ドラマはどうにも苦手ですが、やっぱりそういうものの方が一般受けがいいのは当然の話なので、そういう物語がこれからもどんどんつくられていくのかなあと思います。

文庫本のページの文字を追いながら、そんなことを頭の片隅で考えているうちに、そういう感情を持ったロボットやアンドロイドの人間ドラマ?ではなく、人間の世界を自由に動き回れる身体を持たないけれど自意識を持ったAIの活躍を描いた作品も結構あることを思い出して来ました。

宇宙船の航宙操船や宇宙ステーションを統括管理する意識を持ったコンピューターなどのシステムが登場する作品です。

(思い出し始めたら止まらなくなったので、一旦読書を中断し、ブログ記事として纏めておくことにしました。なんでこう集中力ないんでしょう。歳のせいかなあ、と思いつつ、以下、こんなに頭使ったというか、記憶をほじくり返し書棚を参照したのは久しぶりでした。頭も老眼も疲れましたです。)

で、そういう話は、『2001年宇宙の旅』(1968年)のHALの例を出すまでもなく、昔から良くありがちなように思えますが、真正面から自意識、人格を持った存在として主人公に据え、描いた作品はあまり無いように思います。

そんななかで、まず思い出したのは、アン・マキャフリーの『歌う船』(1961年)それからそのシリーズ作品の『戦う都市』(1993年)です。ただしこちらに登場する主人公達は、一種のサイボーグでAIではありません。

『歌う船』シリーズは、選抜し特殊な訓練を施した重度障害者の脳をサイボーグ化してコンピューターシステムと接続し、生きた航宙操船システムや宇宙ステーション管理システムとしての任務に就かせるという設定で描かれたSF小説の名作です。女性作家特有の感性(などというと語弊があるかもしれませんが)もあるのでしょうか、人間ドラマとしての要素も豊富で、物語としても素晴らしく魅力的な作品として知られています。

このシリーズ、絶版となって久しいのですが、今の時代、設定そのものに色々と厄介な批判?が持ち上がりそうなことを考えると、復刻されることはまずなさそうな気がします。とても残念です。

この『戦う都市』 に登場する主人公、シメオンよりもずっと以前に、宇宙ステーションを統括管理する意識を持ったシステムが登場する作品として、ジェイムス・P・ホーガンの『未来の二つの顔』(1979年)が発表されています。

ここに登場するコンピューター人工知能プログラム、スパルタカスの、いかにもコンピュータ的、無機的なAI的思考と振る舞いに対する、感情を持つ人間側の対応(衝突?戦い?)の描写がとても面白い作品です。当時の最先端の人工知能研究?の雰囲気やそのイメージをうまく取り込んだ作品なのだろうと思います。

(余談ですが、この作品で初めてドローンという言葉とその概念を知りました。ドローンは決して複数のローターを使って飛び回るラジコン飛行機械を指す言葉ではありません!)

その他脇役として宇宙船の航宙操船・統括管理システムが登場する作品は本当にたくさんありますが、パソコンが普及し、またAIの研究が一般に知られるようになる以前は、HALのように船内に組み込まれてその端末がインターフェイスとなるようなシステムよりも、実体を持ったロボットやアンドロイドの姿で登場することがほとんどでした。例えば「鉄腕アトム」は、私達日本人に一番よく知られているその典型的な例ですね。

コンピューターネット・サイバー空間を扱った古典SF?とも言えるヴァーナー・ヴィンジの『マイクロチップの魔術師』(1981年)でも、ネット仮想空間の中で意識を獲得した人工知能プログラム?の姿はロボットのイメージで描かれています。

J.ディレーニイ、M.スティーグラーの『ヴァレンティーナ』(1985年)では、主人公のヴァレンティーナはどこまでもコンピューターネットを渡り歩く、意識を持ったミーム?プログラム?人工知能?として描かれていますが、最後のエピソードでは登場人物の身体にロードされて実行される経験をします。しかし、またコンピューターの中に戻って法的社会的に認められた人格、生命?として存在し続け、環境的にも自らの意志からもそうすることを選択します。この辺りはすこし新しい感覚かもしれません。ただ、その前提として人間の意識がプログラムとしてコンピューターに移されて実行されるというシーンが描かれていて、この辺りは古くからあるSFのアイデアの発展形という感じでしょうか。

その10年後に発表された、エイミー・トムスンの『ヴァーチャル・ガール』(1993年)では、女性作家ということもあるのかどうか、AIが搭載された美少女ロボットとその開発制作者のロマンチック?な冒険逃避行と成長の物語というストーリーになっていて、やはり人間のような実体を持ったロボットのイメージが人工知能と切り離せない設定で描かれています。

最近では、と言ってもかなり前ですが、パオロ・バチガルビの『ねじまき少女』(2009年)には主人公の一人として、柞刈湯葉の『横浜駅SF』(2015年)にも重要な役割を演じるキャラクターとして自意識、人格を持つAIを搭載したアンドロイドが登場します。

士郎正宗攻殻機動隊』(1989年)に登場するフチコマタチコマ)もAIロボット(多脚戦車)です。そして草薙素子やバトーは、『歌う船』の主人公達と共通するものがあるかも知れません。

(最近SF始め新作本を読んでないんで、情報がアップデートされてないのが情けないです。)

最近は、一般の人々にもAIが物理的にロボットやアンドロイドの身体のような実体を持たない純粋なコンピューターシステムとして認識されるようになってきたと感じます。

それでも映画やアニメ作品などでは、相変わらず人工知能とロボットやアンドロイドは切り離せない存在として描かれていることが多いですし、これからもきっとそうなのだろうと思います。

しかし、こうやって、年代を追ってこの手のSF作品を振り返ってみると、コンピューターや人工知能のイメージがどのように変遷してきたのかよく見えて来て興味深いです。

 

 

マルくんの眼

マルちゃんの抗生物質投与はやっとおしまいになりました。薬をやめてから急に元気が出たようで、やはり抗生物質は身体にもかなり負担があったのかなと思います。

眼球摘出痕の傷跡は腫れは引いたようですが大きな瘡蓋ができて固まってしまっています。涙腺から血膿が鼻に降り、硬い鼻糞のような固まりが出来てので詰まってしまうので時々取ってやります。

そんなこんなで抜糸はまだしばらく先になりそうです。

右目の瞳孔は開いたままです。

ただ、ちょっと元気になって動き回る様子を見ていると、どうも明暗やひょっとしたらごくぼんやりとした像くらいはわかるのだろうかと思いたくなるような行動をします。

でも顔の前で手を動かしても反応はしません。やはり臭いや音、気配で周囲の環境を把握しているのでしょうか?

もし少しでもあかりだけでも感じているのなら、それだけでもすごく嬉しいのですが、ぬか喜び?は禁物です。

とにかくあまり家具の位置を変えず床にものを散らかさないようにして、彼が暮らしやすい環境を整えてあげたいと思います。

「マスクの骨」を3Dプリンターでつくってみました。

一般的な不織布マスクの内側が唇が触れたり貼りついて息苦しくならないよう、膨らんだ形を保つパーツです。

テレビのニュース番組で見かけて、3Dプリンターでつくってみました。確か「マスクの骨」とか言っていたと思います。

テレビでは形が良くわからなかったので、構造から考えて試行錯誤しながら形状を決定。

写真のように使います。

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確かにこれを使うと息苦しさは軽減するし、なぜか眼鏡の曇りも少しましになるような気がします。

女性は口紅がマスクにつかなくて良いのではと思います。

 

追記:

このブログ、どちらかというと鉄道模型工作のことよりもそれ以外の図画工作や雑談のほうが多い気がします。

どうもこれからもこんな感じが続きそうな気がしますので、この際ブログタイトルを変更することにしました。

蕗狩軽便は初めてレイアウトをつくった時から使っている大事な名前ですので、これからもずっと変えることはありません。

なのでこれはブログ説明用サブタイトルに移して、メインタイトルは「シュレマル工房図画工作日記」とすることにしました。