蕗狩軽便図画模型工作部日記

ー シュレマル工房 覚え書き ー

はんだ付けフラックスのこと、突沸のことその他あれこれです

はんだとフラックスの特徴については、こちらにもまとめてあります。

はんだ付けに使う各種フラックス、ペーストの特徴整理 & はんだ、ロウの語源その他余談です - 蕗狩軽便 図画模型工作部日記

* はんだ付けのハンダの流れやすさのこと - 蕗狩軽便 図画模型工作部日記

鉄道模型工作のはんだ付けには、主に液体のステンレスはんだ付け用フラックスを使っています。ホームセンターで買いました。金属(板金)工作のはんだ付けには塩化亜鉛溶液が最適最高だと言われますが、このステンレス用フラックスの主成分は塩化亜鉛と塩化アンモニウムです。

電子工作にはヤニ入り糸はんだで十分ですが、太い縒り線などの場合はペーストを使ったり、特殊な基盤に揮発性のフラックスを使ったり、コテ先のメンテナンスにチップリフレッサーを利用しています。

でも最初は鉄道模型工作のはんだ付けにペーストを使っていました。なぜなら機芸出版社の特集冊子『たのしい鉄道模型』の「図解 鉄道模型入門」にそう書いてあったから……

この記事、今見てもとてもわかりやすく親切で初心者に優しい解説に感動します。しかし、ペーストははんだ付けしたものが油脂でべとべとになって後の処理が大変でした。

中学校の技術家庭の板金工作実習のはんだ付けでは、希塩酸にトタンの切れ端を放り込んで作った塩化亜鉛溶液を使いましたが、薬剤入手の難しさや危険性を注意されて模型工作で使うことはなく今に至ります。

でも、愛用しているステンレス用フラックスは塩化亜鉛と塩化アンモニウムの水溶液です。成分を見たら塩素含有量が28.0wt% (測定値)だから随分と強い塩酸です。なのではんだ付け後はしっかり水で洗浄しないとどんどん腐食が進みあっという間にサビてしまいます。

フラックスの最大の役目は、はんだ付け時に金属の酸化皮膜を除去するとともにハンダと金属との合金反応を促進させることです。

その働きをするのは、塩化亜鉛水溶液の場合は塩酸です。電子工作に使われるヤニ入りハンダの場合は熱によって活性化したロジン(松ヤニ)などの樹脂系物質が、金属表面や溶けたはんだ表面の酸化膜や汚れを除去します。

ロジンが活性化する温度は約170℃ですが、温度が下がると不活性化しそれ以上金属を腐食しなくなるので洗浄は原則必要ありません。電子回路のはんだ付けに樹脂系フラックスが使われるわけです。

じゃあペーストはどうなのだろうと成分を見たら、なんと塩化亜鉛と塩化アンモニウムをワセリンに練り込んだものでした。

これだとやっぱりはんだ付けの後に洗浄しないと腐食が進みそうですが、ワセリンとパラフィンで封入されるのでそれほど気にしなくて良いのかもしれません。

しかし飲み込んだ場合に、「コップ1〜2杯の牛乳を与え」というのは、どういう効用があるのでしょう気になります。

もちろんロジン系のペーストも市販されています。ステンドグラスなどではよく使われているようで、松ヤニを使ったペースト自作のページを見つけました。

kyukon-stained-glass.net

はんだ付け工作の際に困るのは、加熱時に腐食性のあるフラックスが飛び散ることです。

はんだ付けの温度はだいたい250℃くらいなので、水なら当然沸騰して飛び散りますが、塩化亜鉛飽和水溶液の場合、沸点が300℃以上なので飛び散る危険はないようです。飛び散るのは水で薄めた場合です。ペーストも基剤のワセリンの沸点が302℃なので大丈夫です。

はんだ付け工作でフラックスを飛び散らせることがないと言う意味では塩化亜鉛溶液(飽和溶液ではない場合が多い)よりペーストがはるかに安全だし取り扱いも楽なので、『たのしい鉄道模型』で推奨されていたのかもしれません。

蕗狩軽便図画工作部シュレマル工房は少し希釈したステンレス用フラックスを使っていますが、バーナー炙り付けで時々ハンダの粒が動いて困ることはありますけれど、あまりフラックスが跳ねて飛び散って困るということはありません。

もちろんフラックスは沸騰しますが、とてもこまかい泡がシュワシュワという感じで出るくらいです。なぜなんだろうなあ、と考えてみたら思い当たることが2点ほど。

1点目:無水エチルアルコールで希釈していること。もともとは表面張力を小さくして濡れを良くするのが目的でしたが、エチルアルコールの沸点は78.37°C、良く濡れて薄く広がることと、水よりかなり沸点が低いことに関係があるのかもしれません(追記;沸点が低いのは後に述べる理由を考えると逆効果なのかも)。良く濡れて広がるので使うフラックスの量が少ないですから沸騰しても液を弾き飛ばすほどの泡が出ないのでしょう。

2点目:最近綺麗なキットを組み立てておらず、フリーのスクラッチは下地仕上げに磨き出しもしないので、真鍮板は錆だらけのままかペーパーやヤスリの痕で傷だらけの状態ではんだ付け加工しているということ。汚いまま傷だらけのままでもはんだ付けには支障ありません(ちょっとくらいの錆はフラックスをつけると溶けてしまうみたいです)し、そこそこ平らになっていたら鏡面になっていなくても塗装してしまえばいっしょだし、第一綺麗に磨くのめんどくさいですし。

こうして並べてみるとどうも2点目のほうの影響が大きそうです。ひどくフラックスが飛び散るのはただの沸騰ではなくて、突沸と呼ばれるものだと思われるからです。

突沸というのは、「沸騰していなかった液体が沸点を超えた温度で突然爆発的に沸騰する現象」で、「沸点よりも高温なので蒸気圧が外圧より高く、一端気泡が生じると急激に(爆発的に)膨張し周囲の液体を飛び散らせる」のが特徴です。フラックスが派手に飛び散るのはこの現象によるものでしょう。

化学実験で蒸留を行うときなどではこれを防ぐのに沸騰石というものを使います。液体中に多孔質の沸騰石を入れておくと、沸点の温度でその小さな孔から少しずつ細かい泡となって蒸気が発生して沸騰するので蒸気圧が低く突沸が起こりません。普段から使っている鍋などでは、自然とできた小さな傷がたくさんあって、これが沸騰石の孔と同じ役目をするので突沸はほとんど起こらないそうです。

つまり錆や細かい傷で汚い表面のまま(ただし脱脂はしてます)はんだ付けする場合は突沸は起こりにくいのです。

ということで、エタノールの効果と面倒くさがりと手抜き?で汚い金属表面のおかげで突沸は滅多に起こらず、平和にはんだ付けができているのではないか、と想像していますが、まあ、当たらずとも遠からずというところでしょう。

そんなわけで、これからも手抜きの汚い状態のままでアルコールで薄めたフラックスを使いはんだ付けに勤しむつもりです。

 

追記;

フラックスがはんだの表面張力を下げるという言い方ですが、濡れ性を高める接触角の理屈を直観的にわかりやすく説明するのに表面張力を使うのは吝かでは無いぞという論文を見つけました。面白いです。

高田保之,「ぬれと表面張力」, 伝熱学 ・熱流体力学における 『のどの小骨』を流し込む, Jour.HTSJ,Vol.43,No-178