蕗狩軽便図画模型工作部日記

ー シュレマル工房 覚え書き ー

『「トヨタ式」世界の製造業を制した192の知恵 大全』を読みました

『「トヨタ式」世界の製造業を制した192の知恵』という本を読みました。

 

「製造業」の会社経営、管理職、それから工場勤務従事者に向けて、トヨタで実践されている当たり前のようでいて当たり前でない示唆に富む情報や考え方を紹介しているビジネス&個人生活啓蒙書?です。

なるほどと思ったり、これはまねぶ(「学ぶ」にあらず)べきことだなとうなずきながらも少し複雑な気分になったところもありました。

本の中には製造ラインだけじゃなくてスタッフ部門、間接部門、すべての個人の仕事や生活にも適用できるのが「トヨタスタイル」だとかかれています。

そしてトヨタ式の基本中の基本は、

「5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)の徹底」

「ムラ、ムリ、ムダ(この順でないとダメ)の排除」

「なぜを5回繰り返すこと(原因がわかるまでなぜと問うこと)」

「トップの熱意」

だと紹介されています。

その「5S」「ムラ、ムリ、ムダの排除」の解説の中で「1ヶ月以上使わなかったモノ、この先1月内に使う予定のないモノは不要品として処分すること」が異常に強調されているのが気になりました。

課題(速く安く不良品を出さずに製造すること)が決まっているラインでの問題解決手段の一つとしてならそれが基本中の基本だと言うことはわかります。しかしこれまでつくったことのないものをつくり出すとか、試行錯誤しながらものをつくっていくとか、そういう場面ではそれこそ数十年前から延々と溜め込んだ素材や部品や工具やがらくたやゴミ、廃品などが山のようにあっていつでも手の届くところにあることが必須のような気がしてなりません。

何を溜め込んでいるのか把握しているかすぐ取り出せるのか等は関係ないと思います。がっちゃがらがらとおもちゃ箱をひっくり返して出てきたモノを眺めてそのなかからアイデアを拾うこともありだと思います。トヨタ式を適用するのはあくまでも仕事として製品を生産する場面なので、楽しみのためだったり創作のまねごとだったりする場合とは少し違う気がします。

トヨタ式」の効用は素晴らしいと思いますし、もし自分が製造業やラインの仕事に関わっているなら真剣に実行してみたい、してみたかった知恵がオンパレードです。

この本、書店で少し立ち読みしてそれから図書館で予約したのですけれど貸し出し順が来るまで3ヶ月。しかも貸し出された本(文庫本)は新品でした。よほどリクエストが多くよく読まれていて、すぐにぼろぼろに劣化してしまうのでこうやって常に新品と入れ替えているのじゃないかと思います。

「なぜを5回」といういい方も気になりました。

エラーやトラブルが起きたとき「なぜ」と問いかけると、ほぼ確実に「いいわけ」か「責任転嫁」または「感情的な反発」しか返ってこないという苦い経験を思い出して、「なぜ、じゃなくて、何が問題か、という問いかけでないと」と反射的に思ってしまったのですが、なんと読み進むうちに、アマゾンの創業者『ベゾスが「何が問題なのか」と問いかけることで、表面的な解決ではなく、真の改善を目指そうとする。』という文がでてきて苦笑してしまいました。

つまり「なぜ」というのはトヨタ用語で「何が問題なのか」という意味で、トヨタ式を理解するにはこういうトヨタ語を理解することも必要になります。

読み進んで行くと、「トップの熱意」ではトップの役割、責任が異常なくらいに強調されている一方で、下部末端ラインにいる一人一人までトップの役割、責任を自らのものとして共有すること、させることが必須という、見方によっては何かあった場合のトップの責任転嫁にも使われそうなことが強調されていてよくわからなくなります。

この本は主に将来経営の中核を担うような人たちを対象としているのだと思いますが、それで良いのだろうかという気がしないでもありません。

トヨタ式の個人への応用の章に入ると、出世、成功するには、人間関係、信頼が全ての基礎、そして努力、根性礼賛、24時間仕事のことだけ考えて働けますか?みたいな雰囲気が濃厚になってきます。

それが現実だとは思いますが、落ちこぼれた人も多いだろうな、自分には耐えられないかもしれないななどと思った時点でトヨタコミュニティからは無用の人材と切り捨てられてしまいそうです。

トヨタ式は根性と努力と献身が大前提のように思いますが、それを一方的に強制される場合はちょっと問題がでてきそうな気がします。ただ、そこは自ら湧き起こる熱意と人間関係信頼関係の構築でカバーしていく、それによって廻りを巻き込んで熱意を伝染させて自ら根性と努力と献身によって得られる成果、成功体験に喜びを感じられるようにしむけて行くというようなことが述べられていて、これもトヨタコミュニティ始め様々なカリスマ経営者の元に大きく発展を遂げた組織企業社会コミュニティなどではそういうものなのだろうと思います。

読み終わって、手を変え、品を変え、事例を変え、エピソードを変え、語り方を変え、繰り返しくりかえしおなじような内容のことが述べられ、こんなに厚い本になる内容ではないようにも思いましたが、それくらいしつこく繰り返さないと伝わらないということなのかもしれません。

この本は、現場にいて製造ラインを改善したい人達などにも非常に参考になる、真似るべきことをしつこいくらいに丁寧に解説した良い啓蒙書?だと思います。

これを個人の生活スタイル、仕事のスタイルに応用する場合は、身の丈に合った範囲でこの本に書かれていることを真似て出来る範囲で実施して行けば、きっと得るところも多いのじゃないかという読後感でした。

追記;

この本で印象に残ったフレーズは、

「いかにすばらしい技術があろうと、画期的な考案をしようと、金を持たない会社なら、しょせん宝の持ち腐れである。佐吉翁は、常々『金のない者に立派な発明なぞできるはずかない』と言っていたが、私もトヨタ入りして初めてその意味がわかった。(以下略)」

あまりにも現実過ぎて、身も蓋もなさすぎてちょっとショックですが、たしかにその通りだと思います。発明だけじゃなくて文化文明芸術技術に関わる全てのことがらは、金がなければ、つまり裕福な者でなければ出来ません。貧乏で苦労して成功したと言う美談はそれこそ枚挙に暇がありませんしとても好まれる一般受けするストーリーですけれど実際のところはどうなのでしょう。

しっかりと援助するパトロン類似の存在がいたり、貧乏と苦労の基準が世間一般とかなりずれていたり、一般受けするための虚構だったりすることも多いのではないかと思います。豊かでなければ人間関係も当然豊かではなくなりますからそういう面でも不利不運はつきまといますし、残念ながらこれはもうどうしようもないものなのだろうと思います。

もうひとつ、

「大切なのはアイデアや知識ではなく、実行である」

誤解を生みかねない言い方だとは思いますが、このすぐ後の文に「大切なのは、考えたことを実際にどこまでやるか」という表現が出てきます。まさにそういうことだろうとこの本全体を読んでそう思いました。

最後の方はトヨタ偉人伝的な内容が並んでいるばかりになりますが、良い参考書であることにはちがいないという感想です。