蕗狩軽便図画工作日記

ー シュレマル工房 めもらんだむ ー

小山田緑地に行ってきました

町田市の北端、よこやまの道が通る多摩丘陵里山小山田緑地と小野路宿里山地域、図師小野路歴史環境保全地域に行ってきました。

ここも15年間、ご近所に住んでいて全く知らなかった場所です。

小山田緑地里山の雰囲気を残して整備された公園緑地ですが、小野路宿里山地域は、設置されている看板によると、非営利組織などによって里山保存活動が行われている地域のようです。

この地域の谷間に開かれた農地は谷戸(やと)と呼ばれ、周囲の雑木林はよく手入れされて一昔前の里山に近い風景が広がっています。

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訪れた日はもう11月の末だというのに、天候にも恵まれて、まるで春の様に暖かく、畦道には草花が咲き、蝶々が舞い、よく手入れされた雑木林の木立が秋の透明な空気と日差しに映えて、思わず声をあげてしまうほど美しい光景が広がっていました。

農地では「まちだ結いの里」ボランティアの方々が作業中。稲木の組み方は初めて見るものでした。

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小山田緑地のみはらし広場、小野路の浅間神社(富士山浅間神社の分社のようです)から見えるはずの富士山は、この日は雲の中でした。

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図師小野路歴史環境保全地域の尾根にある小野路城址に祀られた神社にお参りし、居合わせたご高齢の夫婦ハイカーに場所を教わって、小野小町がその水で眼病を癒したという小町の井戸(湧き水)に立ち寄ります。

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そこから南に尾根を辿り「こうせん塚」を訪れました。

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スダジイ大木の根元にある塚は「こうせん婆さん」と呼ばれており、小さな石祠には「文政十年(一八二七年)十月、施主天野勘左衛門」と刻まれています。その昔、麦こがし(こうせん)にむせて死んだ老婆を祀ったもので、咳の病が治まるように茶碗や竹筒に茶を入れて奉納し祈願するようになったとか。ここには、小野路の関門があって「通せん場」と呼ばれたのが「関の神」「咳の神」と変じたという説や、落城のおりにここで交戦があり死者を祀った墳墓が「交戦場」と称され、その後「こうせん婆」と変じたという説もある、という説明書きの立て札がありました。

ここにお参りした後、昨日からの咳がおさまった様な気がします。

小野田緑地の西側には、大泉寺という曹洞宗のお寺がありました。大きなお寺ですが本堂はコンクリート造り。鐘楼もコンクリート製で、そこで自動鐘衝き機というのを発見。

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初めて見ましたが、その仕掛けがさっぱりわかりません。一体どうなっているのか興味津々ですが、ウェブを検索しても仕組みがなかなかわからず謎のままです。

この周辺は、町田市が力をいれて里山保全環境保護の取り組みをしている様です。まだまだ訪れてみたいところがありそうで、これから機会を見つけて散策に行ってみたいと思います。