ロープワーク(縄結び)などでつくるロープの輪を、ずっと「乳」と言っていました。
昨日の日記を家内に見せたら、「針金を巻きつけアンカー紐を結びつける乳をつくります。」というところで「なにこれ?」と……。説明したら「そんなの知らない」と。
子供の頃、初めて縄結びを教えてくれたお年寄りが「まずこうして手の中で乳をつくる」と言って縄をくるりと重ねて輪をつくるのを見せ、手つきを真似して覚えたのが印象に残っています。
縄の重ねる方向で右向きの乳と左向きの乳があって、右向きの乳は縄を右にひねりながら輪を下方向に、左向きの乳は縄を左にひねりながら輪を上方向に重ねてつくります。乳の向きで縄を通す方向が変わったり結び方が違ってきます。
(注:右向き乳は、手の中に出来た状態から180度回転させて置いています。)
縄を重ねないで根元を揃えて輪をつくる場合は、単に「輪」とか「耳」とか言っていたように思います。ロープワークではそう言うタイプの輪を「eye(アイ=目、眼)」と言います。
撚り縄(ロープ)を編み込んでつくる輪のこともアイと言います。輪の根元を編み込んでアイをつくることをアイスプライスと言って、仕事ではワイヤーロープでよくつくりました。今は金属のスリーブクランプでロックしてつくるアイが一般的だと思います。
それはともかく、縄でつくる輪の事を「乳」とは言わないのだろうか、とふと思いついて「広辞苑」(第六版)を引いてみました。
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①(人の)乳汁。ちち。万葉集18「みどりこの―乞ふが如く」
②ちぶさ。ちくび。源氏物語薄雲「うつくしげなる御―をくくめ給ひつつ」
③(形が乳首に似ているところから)旗・幟のぼり・幕・蚊帳かやまたは羽織・草鞋わらじなどの縁に、竿・綱または紐などを通すために付けた小さな輪。ちくび。みみ。
④釣鐘の表面に数多く並んでいる疣いぼ状の突起。
①聴覚をつかさどる器官。人では外耳・中耳・内耳の3部に分かれ、外耳は耳介と外耳道とから成り、外耳道の内端には、空気の振動を伝える鼓膜がある。鼓膜の振動は、中耳にある3個の骨によって伝えられ内耳に達し、聴神経を刺激して聴覚を生じる。また、内耳には一般に平衡器官が含まれている。万葉集19「―聞き眼に見るごとに」
②耳介のこと。耳朶じだ。「―を動かす」
③聞くこと。聞こえること。聴覚。また、音に対する感受性。「地獄―」「―がよい」
④耳介のような形をした取手とって。
⑤針のめど。みみず。
⑥織物・紙類または食パンなどの縁、またその縁の厚くなったところ。
⑦書籍の部分の名。上製本で、本の開きをよくするため、中身の背を両側に押し広げた隆起部分。→装丁(図)。
⑧大判・小判のへり。転じて、その枚数。浄瑠璃、仮名手本忠臣蔵「千両の小判、―が欠けてもならぬ」
⑨暖簾のれん・草鞋わらじなどの紐を通すための小さい輪。乳ち。
⑩近世の兜かぶとの吹返しの俗称。
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⑤と⑨が該当するようです。
形を思い浮かべてみると「針のめど(針の孔)」は特に、根元が交差していなくて並行しているようにも見えます。
対して乳の輪は根本が結ばれていたり交差しているものもありそうです。
この違いを使い分けていたのかも知れません。
でも「乳」「耳」どちらの語釈にも互いに双方の呼び方が出来るように書かれているので、一般には明確に区別されていないと言う事でしょう。
今回もひょんなことからでしたが思わぬ辞書探索遊びを楽しめてしまいました。
ああ面白かった。
しかし、この「乳」の話、一般には知られているのか、どんなふうに解釈されているのか、ちょっと興味があります。
追記;
「針のめど」の「めど」が気になって広辞苑で確かめてみました。
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め‐ど【針孔】 針の糸を通す孔。はりのみみ。みず。みみ。
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なんと、「針のめど」と言う言い方は「馬から落ちて落馬した」みたいなことになっていました。
この針孔のことを「針の目」とも言うのを聞いたことがあるのを思い出して、調べてみました。
これはもともとはキリスト教新約聖書の言葉、「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい(It is easier for a camel to go through the eye of a needle, than for a rich man to enter into the kingdom of God.)の the eye of a needle の直訳からの表現のようです。
文学作品やキリスト教信者の間ではよく知られていて使われている表現かも知れませんが一般にはなじみがなく、孔や輪を言うのにそう言う表現は普及しなかったのだとおもいます。
念のため、辞書でも確認してみました。
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め【目・眼】 [一]〔名〕
➊物を見る働きをする所。
①視覚器官の通称。眼球と視神経を主要部とし、眼瞼・眼筋・涙器などの付属器から成る。万葉集16「わが―らは真澄の鏡」。日葡辞書「メ、マナコ」。「―を閉じる」→眼球がんきゅう。
②物を見る時の目の辺の様子。めつき。まなざし。「はたから変な―で見られる」
③目に似た形のもの。「うおの―」
④動きの中心にあるもの。「台風の―」「騒動の―」
➋目の働き。
①見る機能。「―のよい人」
②見ること。見えること。斉明紀「君が―の恋しきからに泊はててゐてかくや恋ひむも君が―を欲り」。「ひいき―で見る」
③注意して見ること。見張り。監視。浄瑠璃、大経師昔暦「この玉がきつと―になつて」。浄瑠璃、国性爺後日合戦「舅両人の―を盗むと思へば」
④文字を読むこと。読字能力。枕草子314「いかでか。片―もあきつかうまつらでは」。浄瑠璃、心中二つ腹帯「書出し一つする程の―は親達があけておく」
⑤(抽象的に)物事を見抜く力。洞察力。浄瑠璃、主馬判官盛久「ええ―の明かぬ大将、笑止千万」。「専門家の―に狂いはない」「物を見る―がある」
⑥光を感知するなど目に似た働きのあるもの。「レーダーの―」
➌目に見えたもの。
①目に映る、物の姿・形・様子。「見た―が悪い」
②物事に出会った体験。古今和歌集恋「うき―のみ生ひて流るる浦なれば」。「いい―を見る」
➍点状のもの。
①縦横に並んだ線の交わる所。また、そのすき間。神代紀下「網張り渡し、―ろ寄しに寄し寄りこね」。「碁盤の―」「―が粗い布」
②囲碁で、石が活いきるために必要で相手が打つことのできない点。眼が二つ以上ある石は活きる。
③線状のものなどが交わった所。「結び―」
④一列に並んだ(筋状の)凹凸やすきま。「のこぎりの―」「櫛の―」
⑤賽さいの面につけた点のしるし。またその点の数。万葉集16「一二ひとふたの―のみにあらず…双六の賽さえ」。「いい―が出ない」「勝ち―になる」
⑥物差し・秤など計量器に打った、量を読むための刻みのしるし。目盛り。
➎(「秤の目」から転じて)物の重さに関すること。
①秤で計る量。重さ。「―減り」「三貫―」
②(→)匁もんめに同じ。源氏物語順集「幾―かけたるこがねなるらん」
➏物の接する所。また、そこに生ずる筋。万葉集11「葺ける板―」。万葉集12「衣の縫ひ―」。枕草子251「雪…瓦の―ごとに入りて」。「折り―」「境―」「季節の変り―」「柾まさ―」
➐幔幕の名所などころ。第2・第3・第4の幅のの総称。物見の幅。紋の幅。
[二]〔接尾〕
①その順番であることを表す。「五番―」「二つ―」「三段―」
②その性質・傾向を持つ意を表す。「細―」「落ち―」
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案の定、日本語の「目、眼」には、穴や孔、輪、と言う意味はありませんでした。
しかし、「お前の眼は節穴か!」と言う誰でも知っている罵詈雑言があります。つまり、「目、眼」は決して「穴、孔」ではないと言うことを前提とした表現というわけです。
こう言うことにも気づかせてくれるなんて、辞書探索遊びの効用はほんと無限大です。