蕗狩軽便図画模型工作部日記

ー シュレマル工房 覚え書き ー

文化についてひとくさり(国語辞書で遊ぶ)

随分と昔(ファイル情報をみたら2001年でした)に書いてウェブサイトに公開していた文章です。プロバイダ変更時にサイトを閉じてしまったのですが、たまたま控えのファイルを発見して読み返したらそれなりに面白かった(蕗狩軽便図画工作部独善評価)ので、またファイルを見失ってしまう前に、ちょっとだけ手を加えてここに再録しておくことにします。

 

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文化包丁、文化鍋、文化住宅の「文化」っていったいどういうニュアンスなんだろうと国語辞典をひっくり返してみました。辞書は原則「広辞苑第6版」を使用しています。)

最近は「文化」がついた商品は、さすがにみかけませんが、この「文化」というのは、どうかんがえてもジョークなのではないかと思ってます。

だって、「文化」という文字がついた製品は、おしなべて安っぽく見かけ倒しなしろものがほとんどなんですから。

特に、関西周辺で流行した文化住宅というのは、ようするに新建材で作った棟割り長屋の変形のようなもので、長屋と違うところはお隣とは壁一つではなくて壁2枚で、間にわずかな空間があるというだけのことぐらいなもの。かくいう我が家も文化住宅と言ってもほぼ間違いないような家なので、なんかすごく情けない気分に襲われて落ち込んでしまいます。困ったことです。

それはともかく、「文化」について広辞苑を引いてみたら、

ぶん‐か【文化】‥クワ
(1)文徳で民を教化すること。
(2)世の中が開けて生活が便利になること。文明開化。
(3)(culture) 人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果。衣食住をはじめ技術・学問・芸術・道徳・宗教・政治など生活形成の様式と内容とを含む。文明とほぼ同義に用いられることが多いが、西洋では人間の精神的生活にかかわるものを文化と呼び、文明と区別する。←→自然。→文明。

これと、もう一つ

ぶんか【文化】‥クワ[周易後漢書] 光格・仁孝天皇朝の年号。甲子革令による改元。(1804.2.11~1818.4.22)

という項目がならんでいました。

最初のほうの(1)の語釈は知りませんでした。そうか、そういうことだったのか、だからいかがわしく感じるんだなと、変な納得の仕方をしてしまいそうになります。

が、しかし、(3)の語釈の(日本では)文明とほぼ同義に用いられることが多いが、西洋では人間の精神的生活にかかわるものを文化と呼び、文明と区別する。というのが、巧妙なブラックユーモアになっている様な気がするのですが・・・

このあとに、文化遺産】【文化映画】【文化英雄】【文化御召】【文化科学】【文化学院】【文化革命】【文化価値】【文化教育学】【文化勲章】【文化功労者】【文化国家】【文化祭】【文化財】【文化財保護委員会】【文化財保護法】【文化蚕種】【文化史】【文化社会学】【文化住宅】【文化主義】【文化人】【文化人類学】【文化生活】【文化相対主義】【文化大革命】【文化団体】【文化庁】【文化的】【文化哲学】【文化闘争】【文化の日】【文化費】【文化領域】と、約34の熟語例があげられているんですが、これことごとく、なんとなくいかがわしい感じがするのはどうしてなんでしょうね。

そりゃおまえの品性のなせる業だ、という意見もどこからか聞こえてきそうな気がしないでもありませんが、決してそうじゃないということを証明するためにも、このなかからいくつか気になるものを拾って引いてみることにしました。

まず最初は、

ぶんか‐えいが【文化映画】‥クワ‥グワ教育映画・科学映画など啓蒙的な映画の総称。もと一九二○~三○年代のドイツで盛行。わが国に移入され、一九三九年の映画法で規定。

啓蒙という言葉が気になります(今は「啓発」というんですよね。啓蒙の方がそのものずばりでずっとわかりやすいのになあ。)が、まあ、これは、何となくわからないでもありません。ただ、もと一九二○~三○年代のドイツで盛行。というのが、ナチスドイツを連想させますし、わが国に移入され、一九三九年の映画法で規定というのが、これまた第二次世界大戦との関係を匂わせているようで、ここにもそこはかとないブラックユーモアの影が感じられるというのは、深読みしすぎでしょうか?

つぎに目にとまったのは、【文化御召】ですが、これについては、あまりにも長くなるので別にまとめることにします。

ということで、おつぎは、これ。

ぶんか‐えいゆう【文化英雄】‥クワ‥イウ(culture hero) 神話の中で、その社会の基本的な技術・制度・価値などを最初にもたらしたとされる人物で、超人的・半神半人的な存在。神から火・作物・金属などを教えられるか、盗み出してくる例が多い。

なるほど、文化英雄って盗人(ぬすっと)のことだったんですね。なるほど、文化のつく熟語がいかがわしくおもえるはずです。私の感覚は間違っていなかった、ということが早くも判明してしまいました、というのはちょっと強引すぎるのではないかとおもわれるでしょうが、

ぶんか‐だんたい【文化団体】‥クワ‥文化的内容の共通性によって結ばれた団体。広義では、学会・宗教団体などをも含めていう。

ぶんか‐ひ【文化費】‥クワ‥財政学上の用語で、一般文化発展のために要する費用。教育・宗教・芸術の費用、また、これに社交費・保健衛生・交通などの費用を含めてもいう。

この、広義では、学会・宗教団体などをも含めていう。とか、これに社交費・保健衛生・交通などの費用を含めてもいう。とかいう説明を見ると、そのいかがわしさへの確信が、いやがおうにも高まってくるのは、とどめようがありません。

そういう意味では、この文章を書くきっかけになったこれなんか、いかがわしいと言うよりは、かわいらしく感じられてきたりします。

ぶんか‐じゅうたく【文化住宅】‥クワヂユウ‥(1)大正後半期から昭和前半期にかけて建てられた、生活上、簡易・便利な新形式の住宅のこと。(2)住宅形式の俗称の一。分譲・賃貸の目的で建てられ、木造二階建で規模が小さく、多く相接して建てられる。

まあ、この見出しがあったこと自体が、広辞苑の底にそこはかとなく流れるブラックユーモア精神の発露なのかもしれません。

【文化蚕種】なんてのも気になりますが、省略します。気になってしかたがない人は自分で引いてみてください。それなりに感動するはずです。ただし、感動するためには、あるていど養蚕技術の歴史を知ってないといけないところがこれまた困りものなわけで、そのことを説明するだけで大変だし、今回はほかにもっとおもしろい余談が山積みなので、潔く省略!というわけです。あしからず。

で、そういいういかがわしい文化関係の事物現象概念定義その他もろもろが百鬼夜行するなかで、我が国国民の理想となるべきものが、

ぶんか‐せいかつ【文化生活】‥クワ‥クワツ(1)文化価値の実現に努力し、文化財を享受する生活。(2)現代文化を能率的に享受する合理的な生活様式

というわけ。これまでの語釈から連想すると、なんか、絶望的にいががわしい生活のような気がします。

これが現代社会の目指すべき方向なんだと思うと、おもわず目の前がまっくらになりそうでしたが、すぐその後にならんだ見出しのミスマッチというかシュールさに、足下を掬われた、じゃなかった、ほっと救われた気分になりました。

ふん‐かせき【糞化石】‥クワ‥グアノに同じ。

この、絶妙のボケかげんには脱帽です。さらに語釈にグアノに同じなんて、好奇心をかきたてて、そちらを参照させるようにしむけ、意識をそらせてしまうところなど、広辞苑は実に芸が細かいです。

熟語例には入ってませんが、こういう見出しもありました。

ぶんか‐ぶんせい‐じだい【文化文政時代】‥クワ‥徳川第一一代将軍家斉(いえなり)治下の、文化・文政年間を中心とした時代。綱紀弛み風俗頽廃、江戸市民は遊楽を事としたが、町人芸術は爛熟の極に達し、小説(山東京伝式亭三馬滝沢馬琴)、戯曲(鶴屋南北)、俳諧(小林一茶)、浮世絵(喜多川歌麿東洲斎写楽葛飾北斎)、西洋画(司馬江漢)、文人画(谷文晁)などにすぐれた作家を輩出した。また地方文化も盛んとなった。化政期。

この、綱紀弛み風俗頽廃、江戸市民は遊楽を事としたが、町人芸術は爛熟の極に達し、というのが、なんともいえず趣があります。こういう歴史的背景があって、文化という言葉にいかがわしさを感じる国民性がつくられたのかもしれないと邪推してますが、はたしてその真実はいかに?

どっちにしても、この語釈に並んでいる町人芸術の担い手達の華々しいこと。これぞ「文化」なのだと、いまさらながらに感じ入ります。